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阪神タイガース横山雄哉投手、元日から3か条の公約(2桁勝利編)

阪神タイガースの横山雄哉投手は3か条の公約
本日は2桁勝利についてのお話です。

藤浪晋太郎投手はルーキーイヤーから2年連続で10勝以上
をあげています。

僕はドラフト指名後に台湾で行われたU20でのピッチングを
テレビで視ていました。

得意のスライダーに150km/hを超えるストレート。

プロでも虎のドクターKと呼ばれる
ほどの活躍すると僕は信じています。

もしかしたら2桁勝利を挙げて、新人王も期待できるの
ではないでしょうか?

歴代のタイガースで新人で10勝利の投手って
はたして何人いるのでしょうかね。


ドラフトが導入されてからのの阪神タイガースの
新人年の活躍ぶりを見てみましょう。

【阪神タイガースでルーキーイヤーに勝利した投手一覧】

2014年 岩崎優  (国士舘大学 D6位) 5勝4敗 防3.50
2013年 藤浪晋太郎(大阪桐蔭高 D1位)10勝6敗 防2.75
2011年 榎田大樹 (東京ガス  D1位) 3勝3敗1S 33H 防2.27
2010年 秋山拓巳 (西条高校  D4位) 4勝3敗 防3.35
2007年 上園啓史 (武蔵大学  D3巡) 8勝5敗 防2.42
2007年 小嶋達也 (大阪ガス  希望枠)2勝3敗 防3.97
2005年 能見篤史 (大阪ガス  自由枠)4勝1敗 1H 防5.57
2004年 筒井和也 (愛知学院大 自由枠)1勝0敗 防1.69
2004年 桟原将司 (新日鉄広畑 D4位) 2勝0敗 防3.48
2003年 久保田智之(常盤大学  D5巡) 5勝5敗 防3.12
2002年 安藤優也 (トヨタ自動車自由枠)3勝5敗 防3.77
2001年 伊達昌司 (プリンスH D2位) 4勝3敗 防3.75
1999年 福原忍  (東洋大学  D3位) 10勝7敗9S 防4.09
1996年 船木聖士 (NKK D1位) 6勝9敗 防4.49
1995年 川尻哲郎 (日産自動車 D4位) 8勝11敗 防3.10
1995年 藪恵一  (朝日生命  D4位) 9勝9敗 防3.18
1995年 弓長起浩 (熊谷組   D3位) 4勝1敗4S 防1.35
1991年 湯舟敏郎 (本田技研鈴鹿D1位) 5勝11敗 防4.66
1991年 田村勤  (本田技研  D4位) 3勝3敗3S 防3.77
1988年 野田浩司 (九州産交  D1位) 3勝13敗 防3.98
1988年 猪俣隆  (法政大学  D1位) 5勝7敗 防2.94
1988年 遠山昭治 (八代第一高校D1位) 8勝5敗 防4.22
1984年 中西清起 (リッカー  D1位) 1勝6敗 防5.35
1984年 池田親興 (日産自動車 D2位) 9勝8敗 防3.90
1983年 川原新治 (日産自動車 D4位) 1勝0敗 防3.90
1983年 御子柴進 (松本工業高校D4位) 1勝0敗 防1.29
1981年 中田良弘 (日産自動車 D1位) 5勝8敗8S 防1.29
1978年 伊藤弘利 (三協精機  D1位) 1勝1敗 防7.65
1977年 益山性旭 (帝京大学  D1位) 3勝3敗 防4.04
1972年 山本和行 (日産自動車 D1位) 3勝5敗 防3.42
1970年 谷村智博 (鐘淵化学  D1位) 1勝2敗 防3.41
1970年 上田次朗 (日産自動車 D1位) 9勝8敗 防2.99
1967年 江夏豊  (大阪学院高校D1位) 12勝13敗 防2.74


江夏豊投手(注1)と藤浪晋太郎投手(注2)は別格ですね。
池田親興投手はなんといっても、翌年の開幕投手に指名され、
日本一に貢献した日本シリーズでの完封勝利が印象深いです。

遠山昭治投手はいきなり8勝をあげました(注3)

福原忍投手は野村克也監督時代からプレーしています。
2015年もセットアッパーとしての活躍が期待されます。

藪恵一投手は新人王を獲得。その後、恵市→恵壹と改名を
繰り返しました。

海を渡ってメジャーリーグのオークランドアスレチックス、
サンフランシスコジャイアンツでMLB通算7勝を挙げました。
でも登板しました。

同じく左腕の岩田稔投手は入団前から故障を抱えていたので、
ルーキーイヤーは1試合に登板しただけです。

横山投手にもケガには十分に注意してもらいたいですね。

横山雄哉投手の3つの公約

最終日の明日は新人王です。



(注1)
1967年の新人王はサンケイアトムズ(現ヤクルトスワローズ)
の武上四郎内野手が打率.299 3本塁打27打点5盗塁で獲得

(注2)
藤浪晋太郎投手は入団いらい、2年連続の2桁勝利

2013年 10勝 6敗 防御率 2.75
2014年 11勝 8敗 防御率 3.53
2年間通算 21勝14敗 防御率 3.17

(注3)
遠山昭治投手は同じ年にジャイアンツに指名された桑田真澄投手
よりも2勝1敗 防5.14だったのに比べると4倍もの勝利数を挙げた
ので、将来を期待されましたが、打者転向してロッテへ移籍。

自由契約後に投手として阪神タイガースへ入団して、ジャイアンツ
からニューヨークヤンキースで活躍した松井秀喜選手との対戦を
得意として、松井キラーとよばれました。

(注4)
岩田稔投手がローテーションに入って確実に勝てるようになったのは
入団3年目の2008年からです。(10勝10敗 防3.28)

阪神タイガース・横山雄哉投手、元日から3か条の公約(ローテ入り編)

阪神タイガース・横山雄哉投手が元旦から3か条の公約
かかげてくれました。

2015年の元旦、
サンケイスポーツ新聞において、初日の出の写真とともに
カラー写真で横山投手の記事が、大きく掲載されました。

そこには次の3か条の公約を高らかに宣言してくれてました。


ローテ入り

2桁勝利

新人王


きょうは、2015年の阪神タイガースの先発投手
事情について考えてみたいと思います。


まず当確なのはこの4人でしょう。

右は藤浪晋太郎、メッセンジャー
左は能見篤史、岩田稔

ペナントレースでは144試合を戦うことになるので、
通常は6人ほどでローテーションを回しています。

他の候補を見てみましょう。
【右腕】
二神一人(28歳) プロ未勝利
鶴直人 (28歳) プロ通算9勝
金田和之(25歳) 2014年に5勝をあげる。
歳内宏明(22歳) 2014年にプロ初勝利
秋山拓巳(24歳) ルーキーイヤーに4勝も伸び悩み
岩本輝 (23歳) 2012年に2勝も伸び悩み


【左腕】
榎田大樹(29歳) プロ4年間で通算12勝
岩貞祐太(24歳) 2014年のドラフト1位、1勝
岩崎優 (24歳) 2014年のドラフト6位、5勝

このメンバーと、残り2枠を争うことになります。

同じ左腕の榎田大樹には実績があり、岩崎優はルーキーイヤーの
昨年に5勝をあげました。球速は140km/hに満たない
のですが、いわゆる球持ちが長いために打者にはかなりの
スピードと錯覚されるようです。
岩貞祐太も今年はかなりやれそうな予感です。

横山雄哉投手がここから抜け出せるのでしょうか?

ただし、新人合同自主トレーニングから飛ばしすぎないように
ケガだけは注意してもらいたいですね。

あすは横山投手、3か条の公約の(2桁勝利編)です。

阪神タイガース横山雄哉投手の背番号15

2015年度阪神タイガースの
ドラフト1位指名・横山雄哉投手
背番号は15に決まりました。
yokoyama15.png

出典:2014年11月27日 サンケイスポーツ

阪神タイガースで背番号15と言えば、
真っ先に思い浮かぶのが、湯舟敏郎投手です。

朝日放送のプロ野球中継の解説では、
炎のノーヒッターのキャッチフレーズ
で知られています。

1992年6月14日
場所は本拠地・甲子園で広島カープ相手に
快挙を達成しました。

タイガース在籍時に3度の2ケタ勝利。
プロ通算成績では60勝79敗3Sでした。

湯舟投手が近鉄バファローズへ移籍した
翌2001年からは、阪神タイガースを逆指名
ドラフト1位で川崎製鉄千葉から入団した
藤田太陽投手が15番を継承することになります。


期待された藤田太陽投手でしたが、不運にも
度重なる故障に悩まされ、オーバーハンドから
サイドスローへと投げ方を変えたり試行錯誤を
繰り返し、2009年のシーズン途中に西武ライオンズへ
移籍しました。
タイガース在籍時は5勝しかあげられませんでした。
通算13勝14敗3Sの成績で、3球団めとなる2013年に
ユニフォームを脱ぐことになります。

その後は藤田太陽投手とのトレードで移籍してきた水田圭介内野手
が一時的に着けた後、2010年からは立命館大学からドラフト2位
で指名された藤原正典投手が15番を受け継ぎました。

主に中継ぎとして起用された藤原投手は、2014年には1軍での登板機会
がなく、2015年からは42番に変更となりました。

即戦力投手の期待を込めて与えられた15番ですが、
湯舟投手以外は期待を裏切り続けている番号になってしまってます。


この15のイメージにまとわりついたその悪いイメージを
断ち切ってもらいたいですね。

15と言えば、横山雄哉と言われるような、そんな活躍を
'15年のルーキーイヤーから見せてもらいましょう。

【阪神タイガースの歴代15番】
御園生崇男 投&内  1936年〜1939年
御園生崇男 投&内  1941年〜1943年
御園生崇男 投&内  1946年〜1949年
安居玉一  外野手 1950年
御園生崇男 コーチ 1951年〜1958年
西山和良  外野手 1961年〜1963年
ベルトイア 内野手 1964年
権藤正利  投手  1965年〜1973年
谷村智啓  投手  1975年〜1979年
赤松一朗  投手  1980年〜1982年途中
上田次郎  投手  1982年途中〜1982年終了まで
稲葉光雄  投手  1984年
嶋田章宏  投手  1985年〜1988年
鶴見信彦  内野手 1989年〜1990年
湯舟敏郎  投手  1991年〜2000年
藤田太陽  投手  2001年〜2009年途中
水田圭介  内野手 2009年途中〜2009年終了
藤原正典  投手  2010年〜2014年
横山雄哉  投手  2015年〜

※御園生崇男は投手と内野手を兼任。1958年は監督

阪神タイガース横山雄哉投手の山形中央高校時代2年夏

横山雄哉投手の山形中央高校時代、

今回は2年生夏の全国高校野球選手権大会
について触れてみたいと思います。
daily.png

出典:2014年12月8日 デイリースポーツ新聞

2回戦から登場した山形中央高校は、
熊本の九州学院高校と対戦します。

相手は1回戦で松本工業高校(長野県)相手に
18安打を浴びせ、14-1と圧倒的な打撃力で
突破してきた猛打のチームです。

対する山形中央高校は、この年の選抜に出場
していましたが、夏は初出場となります。

結果は

山形中央0-7九州学院

山形中央 000 000 000 0
九州学院 002 104 00X 7

チームは4安打の完封負け
横山投手はこの試合で、6回に3本の3塁打を
浴びました。
これは1イニングにおける3塁打撃の大会タイ記録
です。

春の選抜に続いて、夏も散々なデキに終わりました。

横山投手の成績です。

【8月13日 対九州学院 2回戦】

投球回6回
打者33人
投球数133
被安打6
奪三振5
四死球8
失点7
自責点5

春の選抜と比較してみましょう。

【3月21日 対日大三 1回戦】

山形中央 200 020 000 4
日大三  022 021 43X 14

投球回 7回0/3
打者 42人
投球数149
被安打18
奪三振3
四死球2
失点13
自責点11

★2試合のトータル★
投球回 13回0/3
打者 75人
投球数282
被安打24
奪三振8
四死球10
失点20
自責点16

甲子園の晴れ舞台で散々な成績だった
横山雄哉投手。
まだこの頃はドクターKの片鱗を見せていません。
与四球の数が多いのが気がかりです…

もちろん山形中央高校時代は、プロから指名され
ませんでしたが、新日鉄住金鹿島の3年間で成長
した姿はU21での投球内容を見たひとならわかる
と思います。

2015年のオープン戦日程を見ますと
甲子園のオープニングゲームは
3月4日でソフトバンクホークスが相手です。

横山投手が出場した春夏の甲子園を連覇した
1年先輩の島袋洋奨投手は、同じドラフトで
そのホークスから5位指名を受けました。
対戦する可能性もあります。

春先は若手がチャンスを掴む絶好の機会。
オープン戦で結果を出して、
是非とも先発ローテンションの
一角に食い込んで欲しいですね。

阪神タイガース 横山雄哉投手の山形中央高校時代 選抜出場編

阪神タイガースの横山雄哉投手は、
山形中央高校時代に甲子園に2度出場しています。

2010年(平成22年)。高校2年の時ですね。
yokoyama.png

出典:2014年12月8日 サンケイスポーツ新聞

まず、今回は初めて甲子園に出場した
春のセンバツについて、振り返って
みたいと思います。

21世紀枠で出場した第82回選抜高校野球大会
1回戦の相手は東京の名門・日大三高です。

エースは同じく左腕で3年生の山崎福也投手(注1)。
明治大学に進学後、2014年のドラフトで
オリックスバファローズから1位指名され
ました。


甲子園球場で投げ合った2人が、それから4年後
同じ関西を本拠地とするチームから、それぞれ
ドラフト1位で指名されたわけです。

なんだか不思議な縁のようなものを感じますね。

両サウスボーの投げ合いとなったこのゲーム。
試合展開としては投手戦を予想したのですが、
そのときの得点は

山形中央4−14日大三

●1回戦 3月21日●
山形中央 200 020 000 4
日大三高 022 021 43X 14

8番ピッチャーで先発した横山雄哉投手は、
一方的に打たれたようです。

【投手成績】
投球回 7回0/3
打者 42人
投球数 149球
被安打 18
奪三振 3
四死球 2
失点 13
自責点 11

バッティングの方もサッパリでした。

【打者成績】
4打数0安打3三振

対戦した山崎福也投手の成績です。

投球回 9回
打者38人
投球数 144球
被安打 6
奪三振 10
四死球 5
失点 4
自責点 4

1回戦を突破した日大三高はこの勢いで
準優勝まで勝ち上がりました。

2回戦   向陽に3−1
準々決勝 敦賀気比10−0
準決勝戦 広陵14−9
決勝戦  興南5-10

優勝した興南高校は夏の大会も優勝。
春夏連覇を達成しています。
(注2)(注3)


横山雄哉投手は、甲子園球場には
あまりいい思い出が無いかもしれません。

次回は、同じく山形中央高校2年生の
夏に出場した第92回全国選手権大会についてです。


(注1)
山崎福也投手の父、山崎章弘さんは、
兵庫・育英高校からジャイアンツにドラフト2位で指名を受ける。
巨人〜日本ハムを経て。
実働3年。
プロ野球選手としての生涯成績は
44試合出場、42打数13安打7打点 本塁打0
通算打率は.310


(注2)
興南高校のエース左腕・島袋洋奨投手は中央大学へ進学。
2014年のドラフト会議ではソフトバンクホークスから、
5位指名を受けました。

(注3)
興南高校は、史上6校目となる春夏連覇を達成した
7校目は大阪桐蔭高校、阪神タイガースにドラフト1位
指名を受けた藤浪晋太郎、翌年西武ライオンズにこちらも
1位指名を受ける森友哉のバッテリーだった。

阪神タイガース横山雄哉投手のイケメンがもたらす経済効果は?

横山雄哉投手が、阪神タイガースからドラフト1位指名を受けたとき、
真っ先に話題となったのが、そのイケメンぶりでした。(^-^)/

EXILEのボーカル・TAKAHIROさんに似ていることを
報道陣から指摘され、本人もそのことを認めていました。
プロではまだ1球も投げていないのに、まずはそちらで
話題を独占してしましましたね。(^o^)

もちろん実力が無いとどうしようもありませんが、
イケメンかどうかということも、プロ野球選手にとっては
重要なファクターとなってきます。


ファンを球場に集客するころによって、入場料収入が増える
てしょうし、テレビで放映されますと、放映権料が球団に
支払われます。
さらに阪神ターガースのファンは甲子園球場でゲームがある
場合は、ほとんどの方が親会社でもある阪神電鉄を利用して
やってきます。鉄道の運賃収入増にも貢献できますね。


さらにグッズ販売によって、球団の収益確保にも貢献する
ことにもなります。

シーズンオフの契約更改のときには、そのあたりも査定ポイント
として加算されることになります。

横山投手の活躍いかんでは、
阪神電鉄や関西にもたらす経済効果は計り知れないもの
になりそうですね。
どこかの大学の先生に算出してもらいましょう。

せっかくEXILEの名前が出たのなら、彼らとコラボしてみるって
話題は出てこないのでしょうか?


こればかりはプロ野球選手としての実績を挙げないことには
球団側も容認しないでしょう。
てことは、CDデビューシングルの発売は早くても、
2015年12月以降になりそうです。


それにしても最近の阪神タイガースには、イケメン選手が多いです。

投手で言えば、能見篤史。
野手では、鳥谷敬に上本博紀。
西岡剛、新井良太もイケてますよね。

忘れちゃいけないのが、自他ともに認める藤井彰人捕手ですね
(((o(*゚▽゚*)o)))

シーズンが始まるとバッテリーを組む機会も多くなります。
ヒーローインタビューでのお立ち台などツーショットの機会
が増えそうですね。

プロ野球選手としての心構えよりも先に、お肌の手入れやコスメ、
サプリメントなど、イケメン・藤井捕手から教わることは多い
と思われます。って言うのはもちろんジョークです。

まあ、山形県出身の横山投手も、関西へ住むことになると
この手の関西人のノリやネタについていけるかどうかも
重要になってきますね。
プロの洗礼ですね

プロ野球選手としての第一歩はまずはそこから始まるといった
ところでしょうか。

阪神タイガース桧山進次郎選手が初ホームランを放った山形県野球場

横山雄哉投手の話題から、かなり脱線してしまっていて
非常に申し訳ないのですが、昨日のブログで予告した通り、
桧山進次郎選手について書かせてもらいますね。

代打の神様と言われた八木裕選手の後を引き継ぐような
形で、桧山進次郎選手が襲名しました。

その桧山選手がプロ2年目となる1993年5月29日(土)、
ここ山形県野球場でプロ入り初ホームランを放ちました。

広島カープの先発・長富浩志投手の初球をライトへ運びました。
2013年に44歳で現役生活を引退するまで、プロ入り通算22年間で
159本のホームランを放ってきましたが、
記念すべき初ホームランが、この山形県野球場だったのです。

1回表にオマリー選手がレフトポール際へ3ランを打って、
最先の良いゲーム展開だったのに、先発の中込伸投手が
カープに逆転を許し、3−4と1点ビハインドの試合展開
でした。

この桧山進次郎選手のソロホームランで4回に4−4の同点
に追いついた阪神タイガースは最終的に6−5で勝利しました。
中込伸投手が勝利投手です。

試合後は、ファンがグラウンドへ乱入して、
ヘッドスライディングが代名詞だった亀山努外野手の帽子を
奪い取るという珍事までありました。

懐かしい名前がたくさん出てきましたね。

この日は僕の住んでいる大阪ではテレビ中継もなく、
インターネットの速報なんてまだ無かった時代。

では、どうしてオマエが詳しく知っているのか?

って思うでしょ?

なぜなら、その日に山形県野球場にいたからです。
実はあの頃、甲子園のライトスタンドでよく応援していました。
この試合はたしか土曜日だったので、友だちと1泊2日の日程で、
山形まで野球観戦に行きました。

前年の1992年に開業したばかりの山形新幹線つばさに乗って
みかたったというのもありました。

昨日、実家へ戻ってそのときのスクラップブックを見てみると
セピア色になった新聞記事が貼付けてありました。


ついつい話が脱線しちゃいますね。

阪神タイガースの横山雄哉投手が生まれる2年ほど前の
お話です。もう20年以上経ってしましました。


僕の昔の思い出を呼び覚ましてくれた
山形県出身の横山雄哉投手に感謝したいと思いました。

山形県野球場と松井秀喜(星稜高校、巨人、ニューヨークヤンキース)

阪神タイガース・横山雄哉投手が山形中央高校時代に
高校野球の予選を行った山形県野球場

1980年(昭和55年)に竣工され、35年が
経過しました。

高校野球の地方予選や社会人野球などのアマチュア野球
でも使用されています。

山形県民にとっての野球のメッカともいえる
この山形県野球場で、元ニューヨークヤンキースや巨人で
活躍した松井秀喜選手がメモリアル本塁打をカッ飛ばした
こともあるのはご存知でしょうか?
といっても、星稜高校時代のお話、いまから30年以上前
にさかのぼります。


横山雄哉投手の生年月日が
1994年(平成6年)2月21日生まれ
なので、彼が生まれる少し前、
1992年(平成4年)に山形県で
第47回べにばな国体が開催されました。


公開競技として行われた、高校野球の決勝戦。
星稜高校(石川県)の松井秀喜選手は4番サードで出場。
尽誠学園(香川県)戦で、8回表に2ランホームランを放ちました。


このホームランが松井選手にとって、
高校生活最後となるメモリアルアーチ、
高校通算60号本塁打となりました。

試合も3−0で勝ち、優勝しています。

高校生活最後の打席をホームランで終えたというのも
松井秀喜選手らしいエピソードですよね、

ちなみに松井秀喜選手は、高校時代は熱狂的な
阪神ファンだったというのは有名な話。

もしこの1992年のドラフト会議で
巨人の長嶋茂雄監督ではなく
阪神タイガースの中村勝広監督(いずれも当時)
が抽選くじを引き当てていれば、
阪神タイガースの歴史もまた違ったものに
なっていたかも知れません。

横山雄哉投手は、阪神タイガースの暗黒時代など
知る由もないことでしょう。


その思い出したくもない、長い暗黒時代と

星野監督のもとでの19年ぶりのセ・リーグ制覇。
最下位と優勝という明暗を知り尽くしているのが
代打の神様の称号を八木裕選手から引き継いだ
桧山進次郎外野手です。

彼にとっても、この山形県野球場は生涯忘れることの出来ない
球場だと言えるでしょう。


この続きはまた明日、お話しさせていただきます。

阪神タイガース 横山雄哉投手の母校・山形中央高校

きょうは、横山雄哉投手の母校を紹介したいと思います。                    

山形中央高校

住所は、山形県山形市鉄砲町二丁目10番73号

山形市内の県立高校で、1946年創立の男女共学校です。
普通科と体育科が設置されていますが、公立高校なので、
私学の強豪校のように県外から生徒を集めるなんてことも
出来ません。


それでも甲子園には春夏2回ずつ出場しています(2014年現在)。


特に4年ぶり2回目の出場となった2014年の夏、
第96回全国高校野球選手権大会に出場したときに
試合開始前後の
礼の美しさ
がTwitterで話題になりました。


野球部の庄司秀幸監督、三関直人部長の教育方針なんでしょうね。
なんて素晴らしいんででしょう!
子どもを持つ親としては、こんな学校に自分の息子も進学して
もらいたいものです。


その第96回大会では、身長1m91cmと長身の石川直也投手を
擁して3回戦に進出しました。
エース・石川投手は、2014年のプロ野球ドラフト会議で
北海道日本ハムファイターズから4位指名を受けて入団。
横山雄哉投手とともに今後の活躍が大いに期待されます。


ちなみに山形中央高校のOBとしては同校初のプロ野球選手となった
元ソフトバンクホークスの鈴木駿也投手がいましたが、
2014年に残念ながら自由契約選手となってしまいました。


特筆すべきOBはトリノ、バンクーバー、ソチとオリンピックと
3大会連続で五輪に出場している
スピードスケート・加藤条治選手でしょう。


ラグビー部も強豪で、2014年~2015年にかけて開催される
第94回全国高等学校ラグビーフットボール大会にも出場しています。
学力も優秀で、各方面へ素晴らしい人材を輩出している
まさに文武両道の高校です。


横山雄哉投手も山形中央高校在籍時に春夏と2回、
甲子園に出場しています。

2014年12月現在、
Jリーグの現役プレイヤーが2名います。

● MF 菅井直樹(ベガルタ仙台)
● DF 渡部博文(柏レイソル所)

横山投手の母校・山形中央高校について、さらに詳しい情報
がありましたら、教えて下さいね。




阪神タイガース横山雄哉投手のプロフィール

横山雄哉(よこやまゆうや)投手のプロフィール

2015年度阪神タイガースドラフト1位指名

背 番 号:15
位   置:投手
投   打:左投げ左打ち
身   長:1m82
体   重:75kg
最   速:151km/h
球   種:カーブ、スライダー、チェンジアップ

生年月日 :1994年(平成6年)2月21日生まれ
出 身 地:山形県東村山郡中山町
星   座:うお座
契 約 金:1億円
年   俸:1500万円


前 所 属:新日鉄住金鹿島
出身高校 :山形県立山形中央高校
出身中学校:中山町立中山中学校
出身小学校:中山町立長崎小学校

21U日本代表に2014年に選出される
ドラフト指名では外れ、外れ1位

当初、阪神タイガースは有原航平投手(早稲田大学)を指名するも
4球団が競合した結果、抽選で北海道日本ハムファイターズが交渉権獲得。
続いて、山崎康晃投手(亜細亜大学)を指名するも、こちらはDeNAとの
競合となって、またも抽選で逃してしまう。
その結果、外れ外れ1位として指名。

甲子園出場歴:山形中央高校2年生時に春1回、夏1回出場。
ただしいずれも初戦敗退した。

高校卒業時にはプロ志望届けを提出するも、どの球団からも指名されず
茨城県の社会人野球チーム、新日鉄住金鹿島へ入社する。

第85回都市対抗野球大会では1回戦の松山フェニックス戦で
5者連続奪三振を記録

家族構成:父・康則さん、母・昌子さん、兄・紘基さん
好きな食べ物:オムライス
好きな芸能人:武井咲



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